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【スウェット】「18:15」の六本木で口にした願い -1st page series-

¥9,800 税込

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オフホワイトのボディに、印象的な月の写真がプリントされたスウェット。

ボリューム感のあるシルエットが特徴です。
縫い目にまたぎ二本針ステッチが施されていて、丈夫な仕上がりとなっております。
肉厚でしっかりした生地ながらも、柔らかく軽い着心地となっています。
裏面は肌触りの良い起毛加工がされており、寒い季節も温かいです。
抗菌防臭、制菌加工がされている高機能な生地が使われており、汗や室内干しの匂いが軽減されています。

素材 : コットン76% ポリエステル24%
カラー : オフホワイト
サイズ : S / M
[サイズ S] 着丈 69cm / 身幅 56cm / 肩幅 54cm/ 袖丈 59cm
[サイズ M] 着丈 71cm / 身幅 58cm / 肩幅 55cm/ 袖丈 60cm
モデル着用 サイズM 身長161cm

発送目安日: お支払い確認後一週間以内


the story for this item
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「18:15」の六本木で口にした願い 

 その日、大江戸線の車内広告に「願い事の叶え方」と見出しが出ていた。よくあるビジネス書籍の広告らしく、下には「言葉にすること」と書かれてある。
 願い事を言葉にする。少なくとも私にとっては、簡単なことじゃない。
 私は六本木駅で降りて、長いエスカレーターに乗って改札まで行く。改札の外に出たところで、雄哉が待っていた。彼は買ったばかりの一眼レフを肩から下げ、なぜか照れたような表情を浮かべていた。
「きーちゃん、これどう?」
「いや、どうって。カメラはアクセサリーじゃないんだから」
 わかってるよ、と彼は唇を尖らせて言う。
 カメラが欲しいと言っていたのは一週間前。どうせすぐその熱もおさまると思っていたけど、一週間もしないうちに彼は本当にカメラを買ってきた。
 それで、今日は景色を撮りにいくのに付き合ってほしいと連絡があった。
「高かったでしょ」 
「でも七万くらい」
「高いじゃん」
「もっと高いのもあったんだよ。さすがに我慢した」
 当たり前だ、と思う。いくら実家組とはいえ、贅沢がすぎる。私みたいな地方出身の大学生には、そんな余裕はない。
「雄哉が景色撮りたいって、意外だね。サークルのみんなのライブ写真撮ってあげたらいいのに」
「嫌だよ。あ、きーちゃん、みんなにカメラ買ったって言うなよ。頼まれるとめんどうだから」
 でも、景色の写真インスタにあげたらカメラ買ったことバレちゃうよ。そう思ったが、彼はまだ気づいていないようなので黙っておいた。
 私たちの所属している軽音サークルは、定期的にライブイベントがある。雄哉はいいやつだから、どうせいずれカメラマンの役割を任されることが簡単に想像できた。
 サークルはみんな仲がいい。だけど私は、その中でもなぜか雄哉とよく一緒にいる。音楽の趣味が似てることもあるかもしれないけど、なんとなく彼とは気があった。雄哉はふにゃふにゃしていて軟体動物みたいだと思う。誰かの心にスルッと入って、気がつけば最初からそこにいたみたいな顔をしている。
「都会っぽい景色を撮りたいんだよね」
 と雄哉は言う。私たちは六本木通りを歩いて、六本木ヒルズへ向かっていた。道を歩いている間も、彼は嬉しそうにファインダーを覗いて写真を撮っている。
 写真、多分上手くならないんだろうなと私は思う。彼はギターだってちゃんと練習してるのに、ちっとも上手くならない。きっとそれが、雄哉なんだろう。
「あのさ、『好きだけど返事はいらないから』って急に女の子に言われたら、どうしたらいいと思う?」
 不意に、彼はそんなことを言い出した。突然すぎるし、言っている意味がわからない。
「何それ」
 と、私は思ったことをそのまま言葉にした。
「俺もわからないんだけど」
「告白されたってこと?」
「そうだと思う」
「私の知ってる人?」
「知らない人だけど、同じ大学の人。前にゆうみが友達と飲んでるから来てって言われて、行った時に会った人」
 ゆうみは同じ軽音サークルの、ちょっと貞操観念というものをどこかに忘れてきてしまったタイプの子だ。その友達だから、似たようなタイプの子の可能性もある。超偏見だけど。
「返事はいらないってことは、付き合いたいってわけじゃないよね」
「多分。だから困ってる」
 六本木ヒルズ前のエスカレーターに乗って、雄哉は振り向いて話す。写真を撮るのを付き合ってと言ってたけど、本当はこのことを私に相談したかったのかもしれない。
「雄哉はその子のことどう思ってるの?」
「初め会った時、めっちゃかわいい人だなって思った。だけど、結構ぐいぐいくるからさ。なんか冷めちゃうというか」
「雄哉は追いかけられるのが嫌なんだ」
「嫌じゃないよ。嬉しいけどさ、なんか、そういう風に見られなくなるというか」
 雄哉は、蜘蛛みたいな形の謎のオブジェの下で、しゃがみこんで写真を撮り始めた。慣れてないからかちょっと挙動が怪しく見えるので、一人で来させなくてよかったと思った。
「もし私がアドバイスしていいならなんだけど、思ってることをちゃんと言葉にして伝えた方がいいと思うよ。その子と連絡取り合ってるなら、思わせぶりになってる可能性もあるし」  
 雄哉は写真を撮りながら、黙って頷いた。
 私は自分が言葉にできなくて困っているのに、何を偉そうなこと言ってるんだろうと思う。
「写真いい感じ?」
 立ち上がった雄哉に私は尋ねる。
「うん。かっこいいと思うから、見て」
 撮った写真がカメラの背面のモニターに映っていた。オブジェとビルが映っているが、全体的に暗くて、何がかっこいいのかわからない。私は何も言わずにカメラを返す。雄哉は受け取って、どこかに向かって歩き出す。私はそれについて行く。
「きーちゃん、今日一緒に来てくれてありがとう」
「いいよ」
「こんなこと、きーちゃんじゃないと頼めないからさ」
 こいつ、すぐにこういうことを言う。だからダメなんだ。
「雄哉はなんでカメラ買ってまで景色を撮りたいって思ったの?」
「写真にしたら、すごく近くに感じられる気がするから」
 近くに感じられる。彼はよくわからない言葉を使った。
「景色を近くに感じたかったんだ?」
「変かな?」
「いや、別に」
「あ、ここから東京タワーも見える」
 手すりの前で立ち止まって、雄哉は遠くにカメラをむける。東京タワーの形ってかっこいいな、とか言いながら。
「ねぇ、そのカメラって月も撮れるの?」
「どうだろ。もっと倍率? のいいやつじゃないとむずいかも。月出てる?」
「ほら、あっち」
 私は東京タワーとは違う方角を指さした。まだ暗くなりきらない青い空に月が昇っている。
 雄哉はそちらにカメラを向けてファインダーを覗いた。「ちょっと遠いかなぁ」とか呟きながら、カメラの設定をいじっている。
「私さ、昔星じゃなくて、月に願い事してた」
「へぇ、珍しいね」
「月って大体見えるよね。いつでも願い事できるから都合よかったのかも」
「きーちゃん、ここに来て、腕のばして手でお椀作って」
 雄哉はファインダーから目を離して、私に言った。
「こう? この辺?」
 私は言われた通りにやってみる。
「うん。もうちょい下」
 手の位置の微調整をしながら、雄哉はシャッターを切る。
「ほら見て。こういうのよくない?」
 カメラのモニターには、私の手のひらの上に光る月が映っていた。まるで、私が手で月をすくっているみたいにも見える。
「うん、いいと思う」
 なんだ、意外と才能あるじゃん。六本木関係ないけど。
「きーちゃんはこの月に、何を願うの?」
 雄哉に言われて、私は考える。願い事を言葉にすること。電車で見た広告が、一瞬頭によぎる。雄哉とのさっきの会話、月の写真、色んなものが頭を通過していく。
「私、雄哉のこと好きだから、近いうちに返事ちょうだい」
 私は彼の目を見て言った。
 握りしめた自分の手のひらの中に、すくった月があるような気がした。

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