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黒の生地に白の糸で「page One Half」のブランドロゴが刺繍されたバケハ。
季節を問わず使いやすく、毎日かぶっても飽きがこないシンプルなデザインとなっております。
日常に取り入れやすい形で、色んなスタイルに合わせられます。
素材 : コットン 100%
カラー : ブラック
サイドにはアイレット(小さな穴)が付いています。
発送目安日: お支払い確認後一週間以内
the story for this item
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「バケハは、風に吹かれて」
「風で? 真衣、そんな運悪いことある?」
オフィスの昼休み、私の話を聞いてまる子が言った。まる子はもちろん本名じゃなくてあだ名。おかっぱだからそうなっただけ。
「そう。だからあの帽子はなくなったの。お気に入りだったのに」
昨日退勤した後、ちょうど会社近くの歩道橋を歩いているときに、かぶっていたキャップが風に飛ばされてしまった。
うまい具合に柵を越えて下に落ちていく。あ、と思って下を覗いてみたら、もうどこにもなかった。下は幹線道路だから、多分トラックの上とかに乗って運ばれていったんだと思う。隣の県くらいまで行ったのかも。
「だから私、風嫌いなんだよね」
「風に好きとか嫌いとかあるんだ?」
「あるよ。風に嫌われてる感じもする」
風の悪戯で不幸な目にあったのは、今回が初めてじゃない。大事な傘を壊されたこともあるし、デートの日に髪型をぐちゃぐちゃにされたこともある。楽しみにしてたイベントが強風で中止になるとか、風を恨むような出来事はこれまでに何度もあった。多分、人より多い。
「気にしすぎだよ。雨男とか雨女とかならわかるけど、真衣は風女ってこと?」
「そうなるね」
頷きながら、風女ってちょっとかっこいいなと思った。
「まぁ、毎日かぶってた帽子だもんね」
「そう。あれがないと、髪型ちゃんとしないとだから面倒なんだよね」
私が毎日帽子をかぶっていた理由は二つある。
一つは紫外線対策。秋とか冬でも降り注いでるっていうし、日焼け止めしてても、帽子があるのとないのどちらがいいかと言うと、もちろんある方が紫外線を浴びなくて済む。
もう一つは、毎朝髪型を整えるのが面倒だから。癖っ毛で、しっかりアイロン使ったりして整えないといい感じにならない。毎朝それをするのは面倒だから、帽子をかぶるようになった。その方がオシャレに見えるし。
「じゃあ新しいの買ったら? 駅の近くに、小さな帽子屋あるの知ってる?」
「知らない。そんなのあったっけ?」
「私も入ったことないけど、外観的に帽子屋だと思う。仕事終わったら一緒に行ってみる?」
「え、いいの? 行きたい」
じゃあ今日は残業なしだ。
風に飛ばされるような軟弱な帽子のことは忘れて、私はもっとかっこいい帽子を買うんだ。
仕事が終わってまる子に連れてきてもらったのは、駅までの道を一本入ったところにある帽子屋だった。
「確かに帽子屋だ。気づかなかった」
「でしょ。私もこの前知った」
裏路地にある小さな店は、ずっと昔からありそうな老舗の佇まいだった。
私たちは店内に足を踏み入れる。壁面が見えなくなるくらいに帽子が飾られている。
「どれがいいかなぁ」
私のを選ぼうとしてくれているのか、まる子はどんどん奥に行って帽子を探している。
私はふと、右側の一番手前に置かれていたバケハが目に留まった。黒いシンプルなデザインに、正面に刺繍されたブランドロゴ。ここに置いてあるということは、この店の一押しだということだろうか。
私はそのバケハを手に取ってみる。
「それ、お似合いだと思うよ」
低い声がした方を見ると、カウンターの向こうに店主らしき男性が立っていた。丸メガネをかけて髭をはやし、まるで占い師のような雰囲気だった。
まだかぶってもないのにそんなことを言うなんて、絶対変だ。だけど店主の雰囲気も相まって、なんだかこれが似合うと予言されているみたいだった。
「かぶってみたら?」
まる子に言われて、私は実際にかぶってみる。横に置いてある鏡でチェックすると、なるほど、確かに悪くない気がする。
「いいじゃんそれ」
「うん、いいよね」
店主はどう思ったのだろう。リアクションを見るためにそちらに視線を移す。
「帽子というのはね、自分を変える力を持ってるんだよ」
私は今度こそ「お似合いです」とかを期待してたのに、全然違う意味深な言葉が出てきた。
「自分を変える力……」
意味はわからないけれど、それについて質問する雰囲気でもなかった。
私は戸惑いながらもう一度鏡を見る。いつもと違う雰囲気の私が映っている。
「私もそう思います」
なにか店主と波長があったのか、まる子は突然同意していた。
ちょっとスピリチュアルな感じもするけど、帽子自体ものは悪くなさそうだ。
「……これください」
私は黒のバケハを購入することにした。
それからまる子は私よりも時間をかけて帽子を選び、結局私のと似たような黒のバケハを買っていた。本当は私のやつが欲しかったのかもしれない。
「ありがとうございました」
店主は最後に一度だけ、にこりと笑顔を見せた。
「いい帽子買えてよかったね」
「うん。いいお店教えてくれてありがとう」
私は早速買ったバケハをかぶってみる。
自分を変える力。よくわからないけど、キャップをかぶっていた時とは気分が違う。
あの店主の言葉はそういう意味だったのだろうか。
「私もかぶろっと」
まる子は言いながらバケハをかぶる。ショートボブにも似合ってていい感じだ。
でも考えてみれば、バケハなんて一番風の影響受ける形をしている。私は顎にかけられるゴム付きの帽子を買った方が良かったのかもしれない。
そんなことを思っていたところで、びゅっと強い風が吹いた。
「わっ」
風に吹かれて、案の定私の帽子だけが飛ばされる。道の端まで飛んでいっただけで、道路までは飛ばされずに済んだ。
「ほら見た? やっぱり私風に嫌われてるんだよ」
「確かに。本当に風女なんだね」
まる子は目を丸くして言った。
私は飛ばされた帽子を拾いに行く。そのときに、後ろでビタッと何かが落ちる音がする。
音がした方を振り返ると、見覚えのあるものが落ちていた。
「あれ、これ真衣がかぶってた帽子じゃない?」
「……本当だ」
信じられない。昨日までかぶっていたキャップが、ちょうど今の風でどこかから飛んできたみたいだった。私が昨日なくした歩道橋の場所は、ここから少し離れているのに。
「風が偶然運んでくれたんだよ。良かったね」
「嘘みたい」
「どう、風に感謝する?」
「感謝する。いや、でも元々は風が持って行ったんだから、感謝しない。取られたものを返してもらっただけだし」
まる子は「感謝しときなよ」と言って笑った。
いいことも悪いことも、全部風の偶然。
結局どう考えるか次第。
憎い風のことなのにそんな考えが頭をよぎるなんて、帽子には本当に自分を変える力があるのかもしれない。
私はバケハを深くかぶり直して、風の吹く道を歩き出した。
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